痛はしや母上は、花の姿に引き替へて、凋るる露の床の内、智恵の鏡も掻き曇る、法師にまみへ給いつつ。母を招けば跡見返りて、さらばと言はぬ。ばかりにて、泣くより外の、事ぞなき、野越え山越え里打ち過ぎて、来るは誰故、そさま、故。誰ゆゑ来るは、来るは誰ゆゑ、そさま故、君は帰るか、恨めしや。往ふやれ。我が住む森に帰らん。勇みに勇んで帰らん。我が思ふ、我が思うふ、心の内は白菊。岩隠れ、蔦隠れ、篠の細道掻き分け行けば、蟲の声々面白や。降り初むるやれ、降り初むる。やれ降りそむる、今朝だにも。今朝だにも、所は跡も無かりけり。西は田の畦危いさ。谷峯しどろに越え行け。彼の山越えて、此山越えて。こがれ焦るる憂き思ひ。

釣狐